永遠のブランド「シャネル」シャネルの歴史−2♪



    ◆ 前回は、1913年、ドーヴィル2号店開店までを記しました。


    ウィキペデアによると、1913年、リゾート地ドーヴィルに

    第1号店のモード・ブティックを開店となっています。

    どうもこれは、帽子店としては、2号店になるのですが、

    モード・ブティックのお店としては、どうも1号店のようですね。


    それゆえ、こちらのお店では、帽子と共に、ウエストを絞らない

    スカート、開襟シャツ風の上着なども並べられたようです。


    当時としては、コカコーラの例の体にぴったりな感じのラインのものや

    あまり鎖骨を強調しない社会で、まさに、ココは、最新のモードを

    世に提供したようです。


    いつの時代にも、モードを見誤るとヒットしませんが、

    ココは、このモードを自らの手で発信させたという点では、すごい人ですね。


    そして、3年後の1916年、こんどはまた新たなモードです。


    またまた、リゾート地ビアリッツに「メゾン・ド・クチュール」を開店します。

    メゾンと言っても、そこらのアパートやマンションではありません。

    これは、れっきとしたフランス語で、女性名詞、la maison

    つまり、特別使用の建造物などの意味です。


    「メゾン・ド・クチュール」は、まさに特別使用です。

    ここをもって、かの「オートクチュール」を本格的に始めました。

    ブティックとアトリエを兼ねていて、ジャージー素材のものが

    アメリカ女性に大人気となりました。


    ちなみに、余談ですがこのお店の資金は、アーサー・カペルによりました。


    アーサー・カペル~って? だ~れ~? と思われる初心者の方に。


    この人は、イギリス軍大尉、ポロ選手でして、ウィキペデアでは、シャネルの

    第1号店の資金援助をしたとありますね。


    この方は、かっこよく白い花を好み、シャネルに贈っていたとありました。


    例の、「男がほんとうに女に贈り物をしたいと思ったら結婚するものだ」、

    というココ・シャネルの言葉を思い出させます。


    しかし、残念ながら結婚どころか、自動車事故でなくなってしまったようです。


    残念! もちろん奥様はおられたようですが??? ココらしい。


    この数年後、かの有名な香水シャネルNO.◯がいよいよ登場します。


    ココ、実に38才と、まさに女盛りです。


    続きは、シャネルの歴史ー3で書きます。この香水にまつわる、あの女優も登場 . . .






    ♪ No.1 シャネルの歴史−1

    ♪ No.2 シャネルの歴史−2

    ♪ No.3 シャネルの歴史−3







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